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名古屋地方裁判所 平成2年(ヨ)741号 決定

申請人

小山宏

右代理人弁護士

桑原太枝子

被申請人

ダイア管理株式会社

右代表者代表取締役

下津寛徳

右代理人弁護士

楠田堯爾

加藤知明

田中穣

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一申立て

申請人にダイアパレス安城において就労する義務のないことを仮に定める。

第二事案の概要

一  本件は、申請人が被申請人に雇用され、被申請人が管理業務を委託していた別紙物件目録記載のマンション(本件マンション)の管理員として勤務していたところ、被申請人から(住所 略)所在のダイアパレス安城の管理員として勤務する旨の配置転換命令(本件配転命令)を受けたことから、その無効を主張し、申立てとおりの仮地位にあることの保全処分を求めた事案である。

二  本件配転命令の効力につき

1  申請人は、被申請人との雇用契約において勤務場所を申請人が経営するスナックとの両立が可能な本件マンションまたはその周辺地域に限定する旨の合意があるから、片道一時間半以上かかるダイアパレス安城へ配転させるためには申請人の合意がない限り本件配転命令は無効であること、仮にそうでないとしても、本件配転命令は業務上の必要性がないのに行われたもので、しかも、ダイアパレス安城へ通勤することになるとスナックとの兼業は不可能となり申請人とその家族は経済的に破綻し、その不利益は余りに大きいので、本件配転命令は権利の濫用として無効であると主張し、

2  被申請人は、本件配転命令は就業規則のいわゆる配転条項に基づいて行われたもので、しかも、申請人の本件マンションの管理業務についてダイアパレス八事隼人池管理組合(管理組合)から苦情が出され、丁度その頃、ダイアパレス安城が竣工し管理員が必要とされたことから発せられた業務上の必要性に基づくものであり、加えて、同所までの通勤時間は一時間一〇分程度でスナックとの両立は可能であるから権利の濫用にはならないと主張した。

第三当裁判所の判断

一  本件疏明資料によれば、次の事実が一応認められる。

1  申請人は、昭和六〇年三月二九日、当時設立されていたダイア管理株式会社(後に五光管理株式会社と商号変更、旧会社)に雇用され、旧会社が管理業務を受託していた本件マンションの管理員(給与は月額一四万九〇〇〇円でボーナスなし。)として勤務することになった。

申請人が雇用された経緯は以下のとおりである。申請人(昭和一一年生まれ)は、明治大学を卒業後、富士観光株式会社に入社し、同会社を退社した昭和五五年二月ころから肩書住所地の大光ビル地下一階でスナックを妻と二人で経営・営業していたが、近くにあった日本福祉大学が他に移転し客が減少したため夜の営業だけに切り換え、昼間できる仕事を探していたところ、徒歩五分程の所に本件マンションが新築されたため旧会社東京本社に求職の手紙を出し、旧会社名古屋営業所で管理員になるための採用面接を受けることになった。その際、提出した履歴書にスナック営業を明記していたため、スナック営業が勤務の支障にならないかどうかの質問を色々と受けたうえ本件マンションの初代管理員に雇用されることになったが、旧会社担当員において勤務場所を限定するような言動はなかった。

被申請人は、昭和六一年一二月一八日設立され、昭和六二年二月二八日、旧会社から営業譲渡を受け、旧会社と申請人間の雇用契約を承継した。

2  旧会社には、昭和六〇年三月ころ就業規則はなく、親会社であるダイア建設株式会社の就業規則が利用されていたが、同年六月一六日にはマンション管理員用の管理員就業規則が新たに作成・施行され、その一四条には「業務の都合により、勤務ケ所の異動を命ずることがある」旨の定めがあり、同就業規則は被申請人においてそのまま利用されている。なお、ダイア建設株式会社の就業規則にも右と同趣旨のいわゆる配転条項が存する。

3  申請人は、右雇用契約以降、原則として午前九時から午後五時三〇分まで常勤で本件マンションに勤務し(ただし、日曜・祝祭日及び年末年始の四日間は休日)夜は自分のスナックで働く、すなわち、申請人の妻が店番をする午後七時三〇分から同九時三〇分ころまで仮眠し、その後午前二時、遅い時には同三時ころまで店に出て営業をする生活を送っていた。

申請人の本件マンションにおける業務は、共用部分の管理・清掃、受付、被申請人名古屋営業所への連絡・報告などであったが、管理組合から、申請人は勤務時間を守らず早く帰宅してしまう、掃除をあまりしない、マンション住人を不公平に扱うなどの苦情が被申請人に寄せられていたところ、平成元年六月二四日の管理組合総会及び同年一〇月一日の管理組合理事会において申請人の右業務態度が問題とされ、同月六日には管理組合理事長大橋正和の妻が被申請人名古屋営業所に訪れ、その改善方を要求したため、同月一一日に被申請人担当者立会いのうえ大橋正和夫妻と申請人との間で、管理上の問題点について話合いが行われ、双方が了解点に達し一応円満に収まった。

しかし、平成二年四月初めころになると大橋正和が申請人のゴミ処理の方法(ゴミコンテナ三個のうち一個を使用していなかった。)に不満を抱きゴミコンテナの位置を多数回にわたって勝手に移動するなどの行動に出、それが同年六月二日判明したことから、被申請人担当者が同月四日に申請人から、翌五日、六日に大橋正和夫妻からそれぞれ事情を聞いたところ、大橋正和夫妻からは管理員を交替して欲しい旨の要求が出された。

4  被申請人は、ここに至り、申請人を本件マンションの管理員として引き続き勤務させれば管理組合との関係が険悪化して同組合との管理委託契約が解除されてしまう虞れがあると判断し、かつ、その頃ダイアパレス安城が完成し平成二年七月五日から管理員が必要とされることから、申請人を同マンションに配転することが最善と考え、同年六月八日、申請人に対し、同年七月一四日からダイアパレス安城の管理員として勤務するよう内示したうえ、同月一一日、その旨の本件配転命令を出した(当時の申請人の給与は月額一五万円余)。申請人宅からダイアパレス安城までの通勤時間は地下鉄、電車などを利用すると片道約一時間一〇分である。

なお、被申請人名古屋営業所が本件配転命令当時、管理業務を受託していたマンションは四一か所(申請人が雇用された当時は二〇か所)、そのうち申請人のような常勤の管理員が勤務するマンションは本件マンションとダイアパレス安城のほかに六か所あったが、いずれも欠員はなかった。そして、名古屋営業所管内では今までに管理員の転勤事例はなかった。

二  そこで、右認定事実に基づいて、本件配転命令の効力について判断する。

1  申請人・被申請人間の雇用契約において申請人の勤務場所を本件マンションあるいはその周辺地域に限定する合意があるかについて検討するに、明示の右合意をしたと認めるに足る疏明はないが、旧会社は申請人を雇用するにあたって申請人がスナック経営をしていたことを知っており、申請人を雇用した後もその経営を容認していたこと、申請人の給与は勤務時間などに比して比較的低額でスナック兼業によって生活を維持していたこと、名古屋営業所管内では管理員の転勤事例がなかったことなどの事実に照らすと黙示の右合意があったと認められる余地がある。しかし、申請人のような管理員の勤務場所はマンション管理組合と被申請人間の管理委託契約の存するマンションであって同契約が存続・更新されるかは管理組合の意思にかかっていること、そして、その意思は主に管理業務が適正に履行されているか、すなわち、管理員の資質・平常の勤務態度にかかっており、場合によっては管理員を他のマンションに配転させる必要があり得ること、申請人は旧会社の公募に基づいて雇用されたものではなく、申請人の積極的な働きかけが契機になっていたものであるから、旧会社がスナック経営というハンディを負う申請人を雇用するにあたって、企業経営という観点からすると、右経営が申請人の業務に支障を及ぼすのではないかという点に関心があったのであって、それ以上に右経営と勤務場所を関連づけ、勤務場所を限定してまでして申請人を雇用する理由はなかったこと、申請人が雇用された当時、名古屋営業所が受託していたマンションは二〇か所あり、更に将来も増える可能性があったこと、名古屋営業所管内で管理員の転勤事例がなかったのは、たまたまその業務上の必要性がなかっただけであったことなどの事実に照らすと、申請人と被申請人との雇用契約において、勤務場所を申請人主張のような場所に限定する黙示の合意があったとは認めることはできず、かえって、業務上の必要性がある場合には、その変更を許容する合意が一応あったというべきで、被申請人は、名古屋営業所の受託するマンションで転居をともなわないマンションに配転を命ずる場合には、申請人の個別的同意がなくてもできると解するのが相当である。

2  なお、被申請人は、本件配転命令の根拠を就業規則のいわゆる配転条項にあると主張するが、ダイア建設株式会社の就業規則は被申請人の一般従業員に準用されるとしても、更に、申請人のような特殊業務をする管理員に準用されるとするのは適当ではなく、また、管理員就業規則のいわゆる配転予定条項もごく一般的、抽象的な規定にすぎず、これを直接被申請人の配転命令権の根拠とすることは問題があり、しかも、管理員就業規則は申請人雇用後に作成されたもので、右配転条項は勤務場所の変更という労働条件の基本的事項に関するものであるから、たとえそれに合理性があるからといって、申請人にそれを適用するには疑問があるので、被申請人の右主張は採用しない。

3  本件配転命令がなされた経緯は前記のとおりで業務上の必要性があると認められる。しかし、それによって申請人の通勤時間が片道一時間五分程増加し、睡眠時間を短縮せざるを得なくなるなど従前の場合に比して、スナックの営業が容易でなくなることは想像に難くないが、申請人の妻の一層の協力及び申請人の自助努力によっては、申請人のスナック経営が不可能になると断定することはできず、その不利益は配転に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである。したがって、本件配転命令が権利の濫用にあたるとする申請人の主張は採用しない。

三  よって、本件仮処分申請は理由の疏明がなく、疏明に代わる保証を立てさせることも相当でないから、これを却下する。

(裁判官 遠山和光)

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